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食品の安全(日本の食) | 日本の農業の現状と未来 

高度成長期の食品の安全

日本における食品の安全を著しく脅かした例として、1955〜56年の二つの事件は欠かせないでしょう。
まず、1955年に発生した森永ヒ素ミルク事件です。
この森永ヒ素ミルク事件というのは、森永乳業が製造していた粉ミルクに、多量のヒ素が混入していたというものです。
これによって、131名もの死者と、12,000人以上の被害者が出ました。
この事件の原因は、乳製品の溶解度を上げるという目的、そしてコストがかからないという理由によって、工業用ヒ素を触媒として作成された添加物を粉ミルクに添加していた事です。
ヒ素の扱いを誤った為、これほどの被害が出る事態になったのです。
イタイイタイ病同様、当初は奇病扱いされていたようです。
ヒ素中毒は非常に重く、その症状は目を覆うもので、実に数多くの乳児が重度な障害に苦しむ事になりました。

そのすぐ後の1956年には、水俣病も発生します。
水俣病は熊本県水俣市の水俣湾において、チッソ水俣工場がメチル水銀を含む排水を流し、その排水に汚染された魚介類を食した人たちが食中毒被害にあいました。
死者数157名、総被害者数968名。
その死者の数の多さから、大きな問題となりました。
歴史の教科書にも載っているような有名な事件であり病気でもあるので、ご存知の方はかなり多いかと思います。
この水俣病も、日本における食品の安全を考える上で、非常に重要な案件です。
高度成長期にあった日本が食品の安全に重きを置く事はなく、この問題は後々まで長引く事になり、被害者の方々は長期にわたって苦しむ事になりました。




posted by 食品の安全 帰農に帰ろう 日本の食 記録の細道 at 09:00 | Comment(0) | 高度成長期の食品の安全 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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